先週開催されたアドテック東京で、サン・マイクロシステムズの共同設立者であるスコット・マクネリ氏に「日本にはなぜもっとスタートアップ企業やテック起業家が活躍できる土壌がないのか」との質問が投げかけられた。
この手の質問に対しては、日本の独特な文化や産業の系譜を挙げてそつなく回答し、将来に向けて励みになる言葉や提言を語るものだと思う人もいるだろう。しかし、マクネリ氏は歯に衣着せぬ物言いで有名な人物だ。その最たる例は、1999年にテクノロジー業界を紛糾させた、消費者のプライバシー問題に関する「プライバシーなんてまやかし。そんなものは存在しないのだから、諦めたほうがいい」との発言。当時は反発を買ったが、時代を先取りした言葉であった。
シリコンバレーの巨人であるマクネリ氏にとって、日本は美しく、安全でクリーンな国だ。人々は「素晴らしい勤労意識」を持ち、よく働く。訪れて楽しい場所でもある。しかし、スタートアップ企業が活躍できる条件である「リスクを取ること」に対しては、消極的な国だ。
マクネリ氏は「日本はただリラックスしていればいい」、つまり、イノベーションやブレークスルーは海外に任せ、サポート役に甘んじればいいと話す。
将来の高度な技術や企業という観点で、グローバルなテクノロジー業界の日本に対する期待感は、それほど低いのだろうか? さらには、本気で起業を促進しようという気概が日本から総じて失われている、ということもあり得るのだろうか?
サン・マイクロシステムズのある元役員は、次のように話す。「『日本からはテックスタートアップは生まれない』という説は、『日本ではソフトウェアは生まれない』と言われ始めた頃からある、実に古い定説。いまさら物議を醸すものでもないと思います。日本人としては気分の良いものではないでしょう。しかし私の知る限り、日本発のソフトウェア・スタートアップ企業は、手でちょっと数えられるくらい少数です」
最近行われた在日米国商工会議所での講演で、NTTドコモ・ベンチャーズの元CEO栄藤稔氏は、2015年のベンチャーキャピタルによるスタートアップ企業への投資実績が、米国の約720億米ドルに対し、日本はわずか10億米ドルにとどまったと言及した。これは圧倒的な違いだ。このままではスタートアップの分野に限らず、日本全体が置き去りになり、グローバル市場での影響力を失ってしまうことが懸念される。
マクネリ氏の発言は何も、アドテック東京の主催者を侮辱しようと意図したものではないだろう。そもそも同氏ほどの人物が、日本のスタートアップ企業や起業家の行く末という各論を、議題として持ち出すことは考えにくい。ただ、1980年代に初めて日本を訪れたときから今日に至るまで、起業家支援にほとんど進展がない状況に対し、腹立たしいと感じていることは確かだろう。
広告やコミュニケーションをつかさどる日本の会社は今、技術イノベーションを支援するまたとない機会に恵まれている。たとえ広告会社自身が重要な新技術を発明することがなくても、クライアントのネットワークやコミュニケーションの専門性を活用し、新しい企業やテクノロジーを支援、促進できる立場にあるためだ。
広告会社は投資のみならず、クライアント候補の紹介やブランド構築といった支援を通じて、テックベンチャーの立ち上げを加速することができる。すでにこれに乗り出している広告会社もあり、電通の投資ファンド「電通ベンチャーズ」は注目に値する。電通は同ファンドを介してグループの持てる潤沢なリソースをテクノロジー投資に充て、新たな収益源の開発(既存クライアントとのパイプの維持やPRを目的としたニッチなテクノロジー開発ではなく)を目指している。
広告界には、予算や利益、クライアントとの関係の先細りを嘆く声がある。しかし、信頼のおける投資の専門家と手を組み、自らのリソースを投じてリスクを取る覚悟があれば、新しい長期的収益源につながる道が拓けるのではないだろうか。仮に成果がそれほど大きくなくとも、既存クライアントからの評価は高まるだろう。それよりも、新しいアイデアや起業家に十分な投資をしないまま歩み続けることこそが、最もハイリスクな選択肢であることは間違いない。
(文:バリー・ラスティグ 翻訳:鎌田文子 編集:田崎亮子)
バリー・ラスティグは、東京を拠点とするビジネス・クリエイティブ戦略コンサルティング会社「コーモラント・グループ」のマネージング・パートナーです。